僕と彼女の現実:No.EPILOGUE
著者:月夜見幾望


 〜エピローグ〜



「───でね、桔梗ったら、いきなり瑠璃ちゃんを抱きしめたのよ! あれには驚いたわ」

 あれから数週間───。
 『招き館』で演じた壮大な茶番劇は功を奏し、瑠璃の幻覚は消滅した。彼女が前を向いて笑って生きていこうと望む限り、もう二度と“奴ら”が現れることはないだろう。
 人には、誰にでも辛い過去がある。将来、笑い話にできるくらい軽いものから、一生自らの中に爪痕を残す重いものまで、それは様々だ。
 瑠璃の場合、後者が積み重なり、その圧力に耐え切れなくなって、“奴ら”を生み出してしまった。しかし、それは決して彼女が弱いからではない。自身を傷つけながらも、一人だけで“奴ら”と戦ってきたように、彼女は強い心を持っている。
 僕がしたことと言えば、その心に再び働きかけただけに過ぎない。結局は、『彼女自身が変われるかどうか』にすべては懸かっていたのだから。
 僕は、鞄の中から原稿用紙の束を取り出す。
 瑠璃の物語。それは途中で読むのを止めたくなるような、希望も見出せない物語だった。
 ───つい、数週間前までは。
 “あの時”、そう決意したように、僕はその物語を書き換えた。途中がどんなに暗くたって、最後は笑顔溢れるハッピーエンドのシナリオに。
 書き換えたと言っても、別に嘘は何一つ書いていない。なぜなら、退院後、瑠璃の『彩桜学園』への転入が決まったからだ。転入に関する諸々の手続きが順調に進んでいれば、今日、この部室に挨拶に来ることになっている。
 で、どうせなら文学部員全員で迎えてあげよう、ということに決まり、受験で忙しい紫苑先輩と千草先輩にも無理言って、今日集まってもらった。その際『うふ、じゃあ、今度なにか奢ってね♪』と笑顔で言われた台詞に、僕はひそかに恐怖を抱いていたりする。

「あら、桔梗君ったら、こんなに立派になっちゃって。これなら嫁に出しても恥ずかしくないわね」
「僕は男です」

 千草先輩の台詞に、的確にツッコミを入れる。

「しかし、キキョウにもようやく男気が出てきて拙者もうれしいぞ。これで、気兼ねなく甘い小説を書けるというものだ」
「ちょ、ちょっと待ってください、紫苑先輩! あの時は無我夢中になってただけで、僕と瑠璃はそんな関係じゃ……」
「え〜、つまんない、つまんない! 折角、幻覚から救い出してあげたんですから、そのままゴールまで駆け抜けちゃいましょうよ」
「ゴールって何!? 紺青さん」
「でも、本当に良かったですね。初めて病室を訪れたときは、とても暗い表情でしたし……。あの状態から救い出せるなんて、やっぱり桔梗先輩はすごいです」
「ああ、お前は“最高の主人公”だったぜ」

 みんなから褒められると、なんだか妙にくすぐったい気持ちになってしまう。

「別に、僕はそんなに大それたことはしてないよ」

 と、その時。
 部室のドアが遠慮がちに、コンコンとノックされた。

「お? 来た、来た!」

 ドアが静かに開き、瑠璃がおずおずと顔を出した。

「し、失礼します……」

 真新しいブレザーに身を包んだ姿が初々しくて、新鮮だった。入院していた頃と比べると顔色も良くなっていて、少し照れくさそうにしている横顔が、その……本当に可愛かった。
 入口付近で立ち止まっている彼女を、中に招き入れる。

「そんなに緊張しなくて大丈夫だって。みんな優しい人たちばかりだから」
「この子が瑠璃ちゃん? なんて綺麗な子なの!? しーちゃんも可愛いけど、あなたも捨てがたいわね。早速コスプレ衣装を作らないと!」
「あ、はい。初めまして、明日から『彩桜学園』(ここ)に通うことになった、梅染瑠璃です。よろしくお願いします。……って、え? コスプレ?」
「ちょっと、千草先輩! いきなり変な趣味をカミングアウトしないでください! えっとね、瑠璃。この人、ちょっと頭がおかしいだけだから気にしなくていいよ」
「桔梗君? それ、どういう意味かしら?」
「あ、えっと、その……」
「拙者は、月草紫苑だ。よろしくな、ルリ。まあ、ここの雰囲気には徐々に慣れていけばよかろう。少々騒がしいが、居心地は良いはずだ」
「『毎日、楽しくにぎやかに』が文学部(わたしたち)の取り柄だからね。あ、私、竜胆茜。困ったことがあったら何でも相談してね」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします!」

 和やかな雰囲気で、お互いの簡単な自己紹介が進んでいく。それによれば、瑠璃のクラスは東雲さん・紺青さんと同じ、一年一組に決まったそうだ。彼女たちと一緒なら、校内でもなんの心配もいらないだろう。
 ……っとそうだ。一番肝心なことを言うのを忘れてたっけ。

「では、改めまして。文学部“部長”の赤朽葉桔梗です。部員一同、心から歓迎するよ、瑠璃」

 そして、僕たちは声を揃えて、

「ようこそ! 『彩桜・文学部』へ!!」







 夕暮れ時。
 瑠璃は、数年ぶりに“この場所”にやってきた。
 子供の頃の楽しい思い出がたくさん詰まった『秘密基地』。そして、真衣が死んだ場所───。
 瑠璃は、その場所にそっと花束を置いた。そして、しばらくの間、目を閉じて合掌する。
 再び目を開けた彼女は、今は亡き妹に語りかけるように言う。

「真衣、あの時はごめんね。助けられなくて。病院で父さんから真衣が死んだと聞かされた時、自分でも信じられなくて、どうしたらいいか分からなくなって……ひたすら自分を責め続けることでしか、荒れ狂った感情を抑えることができなかった。自分を過去に縛り付けて、笑顔を忘れて……それが、幻覚をも作り上げてしまった……。毎日が辛くて、苦しくて、何度生きるのを止めようと思ったか分からない。でも、そんな私を桔梗お兄ちゃんは救ってくれた。“今”というこの瞬間の大切さ。前を向いて生きることの強さを教えてくれた。だからこれからは、真衣の分まで精一杯───笑って生きようと思う」

 それは、かつて幼き日に見た、彼女の本当の笑顔だった。

『Sense of Reality』 完
〜『Let's enjoy your Campus Life!!』へ続く〜




<あとがき>

 まずは、『Sense of Reality』を最後まで読んでいただき、ありがとうございます!!
 当初の予定通り、1月中に本編を終わらせることができて、ほっとしています。これも、皆さんの温かい応援があったからこそ、です。
 
 さて、改めて自分でも読み返してみると、前半のほうは抽象的な表現が多くて物語の構造が分かりにくかったですね……。あの頃は、まだ物語の方向性がきちんと掴めていたかったと言うか、うん、まさか完結できるとは思ってなかったんだ(ヲイ!!) 一話あたりの文字数からしても、後半に色々詰め込み過ぎた感が否めません。
 でも、なんか書いていく内にだんだん長くなっていくんですよね〜。最初は3000〜4000文字が精一杯だったのに、後半では9000文字くらいがデフォになってきましたし。知らない間に力がついている……のかなぁ。そうであると信じたいです。

 話数的には全12話構成。
 なんか、アニメの1クールみたいでいいね!……や、だから何だよ、と突っ込まれそうですが。
 その内、1〜2、8〜11話がシリアス要素を含んでいます。……あれ? 普段バカ騒ぎしか書かない(書けない?)僕らしくないですね。
 でも、今まで書いたことのない分野に挑戦したことで、僕自身いろんな勉強になりました。「見返りは自分の中にある」といった感じですかね。ともあれ、今回学んだことを次回以降の作品に生かせればいいな、と思います。

 それから、今回は『彩桜学園物語』と言っても、主に放課後の部室や学園外(病院、『招き館』)での出来事がメインで、校内活動(授業風景とか、クラスメイトとの会話など)にはほとんど触れていません。触れていませんが、もちろん彼らにも、そういう普通のドラマがあります。
 なので、もし僕の作品に登場したキャラを使いたい方がいれば、遠慮なく、どんどん使っちゃってください。クラス名簿を見た感じ、けっこういろんな作品のキャラとクラスメイトのようでしたので。
 もちろん、これからは僕も、いろんな方が生み出したキャラを使っていけたら、と思っています。

 それでは、『Sense of Reality』二期……もとい、続編でお会いできることを祈りつつ。
 今度の目標は、『ジェットコースター型ハイテンションストーリー』だ!!

 では。



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